World MS Day 2023

コンテストの応募受付は締め切りました。応募数は175句となりました。たくさんのご応募ありがとうございました。見事入選されました作品を発表いたします。

審査員コメント

皆様の投句をひとつひとつ、句の背景にあるエピソードも含めて読ませていただき非常に新鮮な驚きを覚えました。多発性硬化症を罹患する方の現況と、そして難病と付き合いながら生きていく精神のしなやかな逞しさに対してです。そしてまた、闘病を傍で支える人々のあたたかな真摯さにも。俳句はたった十七音しかない小さな詩の器です。難病と生きる悲喜こもごもの全てを事細かに述べることはできません。しかし小さな器だからこそ、エッセンスのように抽出された各人の在り様が見えてきます。時にその心の核のようなものは、雄弁に語るよりも受け手の胸へと飛び込むでしょう。多発性硬化症が多くの人に理解されるため、俳句が少しでもお役に立てるなら喜ばしく思います。

(審査員) 俳人 家藤正人

1986年生まれ。愛媛県出身。大学卒業後、本格的に俳句に携わる。夏井いつきの句会ライブにてアシスタント経験をつむ。愛媛新聞カルチャー教室、学生を中心として県内外で単独句会ライブも行っている。2016年からは南海放送ラジオ「夏井いつきの一句一遊」にてアシスタントを務め、2019年より南海放送ラジオ「家藤正人『一句一遊』虎の巻」ではパーソナリティを務める。そのほか、松山市公式俳句投稿サイト「俳句ポスト365」初心者欄選者。香川県宇多津町「令和相聞歌」企画参加および選者ほかさまざまな企画に携わる。句集『磁針』(夏井&カンパニー)

私の多発性硬化症俳句コンテスト 受賞作品発表

ご本人による作品

特選

車いす降りて鳥雲仰ぐ馬上

俳号:藤村一寿

作品の背景及び受賞者コメント

この度は大変素晴らしい賞をいただきまして、誠にありがとうございます。
選んでくださいました家藤先生、そして主催をしてくださいましたバイオジェン・ジャパン株式会社様、ありがとうございます。
実は、私は昨年第一回目の時に初めてこの企画を見て、そして初めて俳句を作って、そこで秀逸という賞をいただき、大変嬉しくて、それから俳句を始めました。そして俳号を作りました。
その後、夏井いつき先生主催の俳句ポスト365に毎月応募することを楽しみにして一年間過ごしてまいりました。
このような貴重な機会を作ってくださいましたことを大変嬉しく思っております。
俳句の背景なのですが、馬の背中で四季を感じるということが大変多くございました。
そして、私の町では鶴の北帰行が見られます。鶴の北帰行を馬の背中の上から見ることで春の訪れを感じる ということを想いながらこの句を作りました。
今は、少し症状が進行して、乗馬の方は競技としては難しくなってきているのですが、ボッチャの方に転向して、これからもパラスポーツも楽しみながら、俳句も楽しんでいこうと思っております。
この度はありがとうございました。

家藤先生の講評

視点の低い「車いす」からさらに「降りて」。座して空を見上げるかと思いきや、作者が新たに腰を下ろしたのは「馬上」だという驚き。ぐっと天へ近づき、高くなった視線の位置。その変化の喜びを鮮やかに共有してくれます。「鳥雲」は越冬した鳥が春に北へと帰る様を表す季語。穏やかに遥かに鳥を見送る視線も優しい一句です。

特選

ふらふらのパルス三日目ゼリー揺る

俳号:千瑛

作品の背景及び受賞者コメント

このほどは「私の多発性硬化症俳句コンテスト」の特選の報告を頂きましてありがとうございます。MSを発病してからの26年間で、何度も再発を繰り返しパルスの治療を受けております。幸いにも、パルスの治療で症状は和らぐのですが、点滴3日目にもなると体がふわふわし、だるくてたまりません。そんな時おやつのゼリーの揺れ方が、脱力している自分の体のようでおかしくなり、その情景を俳句にしました。
長いMSとの付き合いで、自分の再発のタイミングは分かるような気がします。ストレスを溜めぬように気を付け、麻痺や痺れで自由に跳び回ることは出来ませんが、生活の質にこだわり暮らしていきたいと思います。

家藤先生の講評

多発性硬化症の一般的な治療法であるパルス療法。終えたあとはふらふら、くたくた。草臥れた身体を冷まそうとゼリーを口にしようとしたら、スプーンに乗せたゼリーごと運ぶ手もぷるぷると揺れるに違いありません。そんな自分の姿を客観視し、くすっと笑える心こそ俳人の精神。まだまだ頑張る「三日目」を乗り切る姿に励まされます。

秀逸

春の昼さぼってるとはどの口が

永山浩子

作品の背景及び受賞者コメント

入選のお知らせありがとうございます。国語教師です。歩行器で授業する私を国語係さん達は話し合って、荷物を運んだり教室に入りやすく他の生徒に伝えてくれてます。
そんな時に、MSを理解してくれてると思っていた教頭からの『さぼってる』発言。教頭と仲良くしゃべってるのは◯◯先生か?□□先生か?
生徒達は私を気遣って話し合ってくれますが、先生方は…。
入選したよと生徒に伝えられるように、復職のために、リハビリ頑張ります。ありがとうございます。

家藤先生の講評

重い症状が出てしまう前に心身を休めるのも、多発性硬化症との正しい付き合い方。しかし周囲の不理解は時に鋭く罹患者を苦しめます。「さぼってる」と陰口を叩かれ、憤懣やるかたない心を胸に飼いながら、その怒りとも折り合いをつけんとするしばしの春の昼。

秀逸

我が左眼ビスクドールや桜桃忌

小田桐美穗

作品の背景及び受賞者コメント

この度は秀逸に選んで頂きまして、とても嬉しいです。ありがとうございます。
多発性硬化症と診断ついて5年、俳句を詠んでみるようになり2年です。
この句は、2018年6月19日のことです。
私の左目が、アンティークのビスク・ドールのように目が遅れて動くので目のピントがなかなか合わない、通勤で、改札にICカードをかざすと見えるはずの残高が、ピントが合うまでゆらゆらで見えないので、改札内で立ち止まってしまう、でもウィンクしてモノを見ると、ピントが合う…
これは、眼の問題ではなく、脳の問題?と不安だった、記録です。
また、6月19日は桜桃忌、桜桃忌は私の両親の結婚記念日でもあります。
毎年、桜桃忌には実家に電話していましたが、「今日は電話、厳しいなあ、どうしちゃったの私の眼…」から、大きな病院に向かい、6月22日に確定診断。
すぐに入院とのことでなんとか準備して病院に向かい、ステロイドパルス。強い浮腫もありましたが、眼のプルプルは消え、ウートフ徴候が出たとき以外は、眼は震えません。
のちに、眼のプルプルは眼振がんしんという症状名、医療業界は大抵、音読み。左眼はさがんと読む、などを学んでいます。

家藤先生の講評

自分自身の肉体の一部へ焦点を合わせ、比喩で表現しています。ビスクドールは磁器の肌と綺麗な硝子の目を持つ西洋人形。作者は「左眼」のみが不如意なのかもしれません。太宰治の忌日である「桜桃忌」には己の内の得体のしれない病への不安が託されているようで。

秀逸

フォークしか持てぬ日もあり冷素麺

俳号:はなゑ

作品の背景及び受賞者コメント

このたびは秀逸に選んで頂き大変嬉しく思います。ありがとうございます。
腕や手指が痺れていて、日常の動作が難しい時があります。歯を磨く、着替える、髪を洗う、パソコンでのタイピング、小銭を出すなどなど・・・料理もそのひとつで、包丁を使うこと、重い鍋を持つことなど大変です。1日の終わりごろ、夕食時には箸がうまく持てなくなる時もあり、何を食べるにもフォークやスプーンを使う時があります。素麺も箸で上手に掴んで持ち上げられず、スパゲティのようにフォークで食べることがあるので、この句を読みました。

家藤先生の講評

「フォークしか持てぬ日もあり」のさばさばと達観したような言い切りが味わい。多発性硬化症の症状の一つに手の痺れがあります。本来はお箸で食べる冷素麺だけど仕方ないじゃないか、手の調子が悪い日だってある。開き直って啜る冷素麺はつるりと喉を通り過ぎます。

ご家族ご友人・医療関係者による作品

特選

爪磨くずっと跣の清清し

俳号:ニャー次郎[家族・友人]

作品の背景及び受賞者コメント

俳句コンテスト特選の知らせ有難うございます。MSを患っている妻は左足の膝から下、特に足の裏の痺れが強いようです。家の中で靴下やスリッパを履くと、感覚が分からず歩きにくくなると言っております。なので、一年を通じて家の中では裸足。そして、人目に付く足の爪はいつも綺麗です。家事なども動きづらい手足で色々と工夫をし、高齢になった最近はたくさん手抜きもしているようです。

病気に負けず諦めず、日々の生活に最善を尽くす姿勢は清清しいです。

家藤先生の講評

跣と、その爪を磨く手元とに焦点を絞って描写しました。見守る者の視線の優しさと敬意が「清清し」に見て取れます。多発性硬化症の症状には足の痺れもあります。不意に滑ってしまわぬよう跣で過ごす人物。だからこそ、身だしなみは綺麗でいようと手入れをする力強い矜持。その隣にはずっと作者が寄り添っていることでしょう。

特選

へたりこむ玄関あゝ満月が遠い

俳号:ぐ[家族・友人]

作品の背景及び受賞者コメント

この度は、受賞のご連絡ありがとうございました。大変嬉しく思います。

以前に比べてだいぶ体の動きがゆっくりになっていらっしゃいます。ひとつひとつの動作が彼女にとっては大変で、疲れてしまいます。

ご自宅に伺うと玄関にへたり込んでいることがよくあります。
外は満月が美しいのに、満月までが遠いです。

家藤先生の講評

同じ病を得ていない者にとって、その困難は真には測りかねるものです。玄関を開けて外に出る、それだけの行為がどんなに遠い困難な道程であることか。困憊につくため息のような「あゝ」の詠嘆。その声は扉に阻まれ、満月には届きません。へたりこんだ玄関は固く冷たく。切々とした詩情によって読み手に病の困難を共感させる、力ある句です。

秀逸

白靴で歩ける今日を今を生く

俳号:くぅ[家族・友人]

作品の背景及び受賞者コメント

このたびは秀逸に選んで頂き大変嬉しく思います。

拙句は友人を詠んだ句です。コロナ禍以前は一緒にランチに出かけておりましたが、彼女はいつもおしゃれをしていました。もしかするとその服や靴は病気と闘う意思を表す戦闘服だったのかもしれません。日々凡々と過ごしている私より、厳しくも、今を楽しく生きているように感じていました。その姿に敬意を表して詠んだ句です。誠にありがとうございました。

家藤先生の講評

「白靴」は夏の季語。おしゃれでもあり、清廉な白が足下から涼感を演出してくれます。白靴を履き、自らの足で歩くことを選び、実行すること。溌剌とした活力が「今日を今を生く」というリズミカルなフレーズからも伝わってきます。「今日」「今」の畳みかけも明るい重み。

秀逸

流れ星母の望みを1億個

俳号:めぐみ[家族・友人]

作品の背景及び受賞者コメント

この度は「私の多発性硬化症俳句コンテスト」の秀逸に選出いただき誠にありがとうございます。大変嬉しく思います。
母が多発性硬化症を発病してから24年が経ちました。現在は施設に入所していますが歩く事が叶わず車椅子生活で、コロナ禍の影響により直接会うことがなかなか難しい状況です。
母は、私が幼い頃は厳格でバリバリ働くキャリアウーマン、手先も器用で裁縫の教師でもありました。「アクティブで有能な厳しい母」が私の記憶です。
そんな母が難病を患い、時の流れと共に転ぶようになり、立てなくなり、歩けなくなり、味覚も感じにくくなり…。失ったもので溢れました。
1人の女性として今までできた当たり前の事ができなくなってしまいあれだけ厳しかった母がまるで仏様のように優しく何も言わなくなりました。
何か望んでいることはないかと問い掛けても、うーん…と考えて何もないよと…。母が何を考えているか知る術がありません。
きっと本当はやりたかった事、行きたかった場所、味わいたかった食事、山のようにあったのだろうと思います。病を治してそれを全て叶えてあげられたら…。そんな母を想い無力な私の気持ちを詠みました。

家藤先生の講評

なんといっても数詞「1億個」の重み! 流れ星にお願いをする発想は古今東西よく見るものですが、こんな大胆な数をぶつけてくるとは恐れ入りました。しかしそれは私欲ではなく「母」のため。どこか母の望みを知り得ないからこその寂しさのような感情も滲みます。

秀逸

金継ぎのカップを春日つつみをり

俳号:嶺乃森夜亜舎[家族・友人]

作品の背景及び受賞者コメント

この度は「私の多発性硬化症俳句コンテスト」の秀逸に選出いただき誠にありがとうございます。日ごろから挨拶としての俳句を作ることは大事と考えています。多発性硬化症(MS)については、当事者の方の手記も読みました。人により症状が様々であること及び見た目ではなかなか分からないということ、そして病気の速度はゆっくりであっても確実に進行することも知りました。ところで、私はいろいろな器でコーヒーやお茶を飲むのが好きですが、大事に金継ぎされた器に出会い心が落ち着くことがあります。金継ぎという日本の伝統的技術と、MSに苦しむ人々に理解の眼差しを持とうとする心と、何か繋がるのではないか、というのが今回の作品のモチーフです。俳句はもともと短いこともあってか、言いたいことを伝える上で不完全なものですが、MS当事者の方も周りの方も理解し合うことの第一歩となるような景に少しでも近づけたなら嬉しいです。私のかつての部署にも、視力が徐々に悪くなっている同僚がいます。彼ともMSについて話してみたいと思います。

家藤先生の講評

読み手の肉体感覚に訴えかける語順の選択が巧みです。「金継ぎのカップ」は「春日」につつまれていると同時に、カップを本来使うべき人間の掌によって包まれている姿も想像させます。痺れる手でなぞる金継ぎのわずかな質感の変化も愛でるかのような静かな豊かさ。

佳作

鰯雲風に押される車椅子 
俳号: りばーじゅ[当事者]

見えぬけど春の匂は見えてきた 
俳号: みっちょん[当事者]

右腿の注射の跡や冬終る 
俳号: 林理[当事者]

夏近し打ち易くなる自己注射 
山口ゆかり[当事者]

春分の切ない夜にふるいたつ 
俳号: な。[当事者]

冷えピタでウートフ防ぐ夏浅し 
俳号: 恵萩[当事者]

ひたひたと滴数える秋の月 
俳号: coo[当事者]

朝曇病院食を静か待つ 
野口和代[当事者]

白靴の紐はゆるりとしびれ足 
俳号: コミマル[当事者]

五月雨や車椅子には家の中 
松野加奈子[当事者]

帰宅の途妻背負いたり初詣 
俳号: 中野花菜[当事者]

愛だとか希望を抱え夏が来る 
柘植雅一[その他]

カレンダーの歪む赤丸夏近し 
俳号: 丹波らる[医療関係者]

喪失は絶望じゃない春の月 
貴田雄介 [家族・友人]

麻痺側の位置整えて桔梗挿す 
俳号: 近江菫花[その他]

握り合ふ手の暖かき君眠る 
貝田ひでを[家族・友人]

車椅子家族と共に紫陽花を 
俳号: ひろみ[その他]

推しはかる難病同士冬の風 
俳号: ゆかりん駄[その他]

五月雨や爪先ずつと揺れゐたり 
俳号: 磐田小[医療関係者]

良薬を待つ生涯や春の月 
岡田小夜子[家族・友人]

行く春や「あきらめないで」子らへ手話 
俳号: 井上右彩[その他]

バイオジェン・ジャパンより

バイオジェン・ジャパンは毎年5月のWorld MS Dayに、MSを一人でも多くの方に正しく理解して頂くことを目的に様々な啓発活動を行っています。
今年は、MS当事者の方や、そのご家族・ご友人、また日々MS当事者と向き合っておられる医療関係者の方を対象とした俳句コンテストを実施いたしました。
MSの症状や程度は人によって様々であり、それ故にご自身の病気や人生と向き合う姿勢や考え方、悩みもまた人それぞれです。
そんな多様な向き合い方を「俳句」という短い詩の中で表現することで、ご自身が抱く想いに改めて気づくきっかけとなり、また他の方が詠む句の背景にある想いに触れることが、新たな気づきや共感、連携につながるのではと当社は考えました。
俳句を通じてご自身の想いを表現頂くことで、お互いの理解が深まり、MSを中心とした大きな輪が生まれていくことを願っています。

【個人情報の取扱いについて】バイオジェン・ジャパン株式会社主催『想いでつながる 私の多発性硬化症俳句コンテスト』として取得した個人情報(氏名、住所、電話番号等個人を特定できる情報)を厳重に管理いたすとともに、頂いた個人情報については、選考、ご連絡、当選者の発表のために利用させていただきます。主催者の個人情報保護法方針等につきましては、プライバシーポリシーをご覧ください。

World MS Dayとは

World MS Day(世界多発性硬化症の日)は、MSの認知向上などを目的にMS世界連合と世界各国のMS協会により、2009年に制定されました。
日本でもMSの認知向上を目的として、趣旨に賛同した組織、団体、個人により、さまざまな啓発活動が展開されています。