治療法

MSの特徴とされてきた脱髄病巣では、神経細胞から延びた軸索は保存され、それを覆うミエリンのみが壊されるため、炎症がおさまるとミエリンが再生され、臨床症状は消えてMRIでも一見正常に戻ることも多くあります。

このため初期に治療を開始することを躊躇する医師もいました。従来の治療法では治療にともなう苦痛や副作用が比較的多かったことも、初期や無症状期の治療開始を躊躇する理由でした。しかし、最近の研究で、臨床的再発がなく安定しているようにみえていても炎症は続いており、炎症の盛んな初期に軸索の切断が多いことや、MSの初期から脳萎縮が始まっており次第に進行することが明らかとなりました。神経線維の切断と脳萎縮が進行して障害があらわれる前に、組織障害の進行を防止することが重要だと判明したのです。

一方、近年の治療法開発の進歩で、利便性が高く、苦痛も少なく、より高い効果も期待できる薬が利用できるようになりました。薬の副作用への対処も、注意点を適切に守ることで容易になってきました。このため現在では、治療の効果をより期待できるMS初期のうちから、有効性の高い治療を安全に開始し継続することが勧められるようになっています。

多発性硬化症(MS)の治療法について

MS治療には以下のように、目的や期待できる効果によって異なる治療法のグループがあります。

再発・進行防止のための長期治療

最も重要なのはMSの再発や進行を未然に抑えることです。現在利用できる治療法は、いずれも長期間継続することが必要です。MSと診断されたら、なるべく早めに再発進行防止のための治療を開始することが最も重要と考えられています。
MSは早期であるほど治療効果が高いことがわかっており、一度障害された脳神経組織の修復は現在の医学では難しいからです。脳に蓄積される組織の障害は、多くの場合自覚できないまま長期にわたり、水面下で病巣の蓄積が進行します。そのため、症状が出現してからでは治療が困難なことが多いのです。
MSの再発進行防止薬には、1ヵ月に1回投与する点滴薬、患者さんご自身で反復注射する注射薬や、飲み薬があります。安全性が確保されるなら、より効果の高い治療を早期から開始することが望ましいですが、病状や個人の体質、医師の対処方法などにより、用いる薬剤は異なる場合があります。もちろん病状やMRI所見から疾患活動性が高いと判定されたら、効果の高い治療の必要度はより高いといえます。薬剤により効果と安全性を確保する方法は異なりますので、患者さんと医師がよく話し合って、患者さんご自身の必要度と希望に合った治療法を選ぶことが大切です。

再発・増悪期に行う短期治療

症状が激しく出ている時期には、病巣の炎症を抑える作用のある副腎皮質ステロイドホルモン(ステロイド)が使われます。点滴用のステロイドを大量に用いる治療(パルス療法)が一般的ですが、症状の回復が十分でないときは、続けて経口薬が用いられることもあります。ステロイドにはさまざまな副作用があり、長期間続けて使うことの効果は証明されていませんので、長期間の使用は推奨されていません。
急性の重症悪化の場合や重度の悪化がパルス療法で改善しなかった場合には、血漿交換療法が行われることがあります。人工透析のようなしくみで血液中からMSに関わる物質(抗体など)を取り除く治療法です。できるだけ早期に開始することが重要で、効果には個人差があります。

特定の症状に対する治療(後遺症を軽減するための治療)

鎮痛薬、抗てんかん薬、抗うつ薬などが症状に応じて使われることがあり、対症療法と呼ばれます。薬のほかに、障害を回復・軽減するためのリハビリテーションや、障害された神経組織を根本的にもとに戻したり障害を軽減するための再生・移植医療、ロボット工学により失われた機能を補完する方法などがあります。再生・移植医療やロボット工学はまだ研究段階で、将来の実用化が待たれます。